giovedì, 30 marzo 2006

Al mondo ci sono piu' pazzi che briciole di pane

nr.299

Mucca
〔proverbio/ことわざ](発音:アル モンド チ ソノ ピュー パッツィ ケ ブリーチョレ ディ パーネ)

訳)「パンの屑よりたくさんのおかしい人がいる」

Commento di Rika:
pazzoは平たく言うとクレイジーということになります。
Io sono pazzo di te(イオ ソノ パッツォ ディ テ)というと英語のI'm crazy for youと同じで「君に夢中だ」という意味になります。
mucca pazza(ムッカ パッツァ)って言ったら何だと思います?「狂った牛」なのでBSE牛を指すわけです。
人を侮辱する言葉はイタリア語では数え切れませんが
Sei pazzo/a!「あんたおかしいんじゃない」とSei scemo/a(セイ シェーモ)「お前
馬鹿!」ならどっちが嫌?とルイジに聞いてみたらscemoの方が嫌だって、言ってました。
(そんな質問するなって?)

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martedì, 28 marzo 2006

Il pesce vuol nuotare tre volte;nell'acqua, nell'olio, nel vino

nr.297

〔proverbio/ことわざ]

(発音:イル ペッシェ ヴォル ヌオターレ トレ ヴォルテ、ネッラクア、ネッローリオ、ネル ヴィーノ)Main


訳)「魚は3回泳ぐ。水の中、油の中、ワインの中」

Commento di Rika:
もうすぐ3月も終わり・・・3月生まれはうお座だな~と思いながら、魚の関係する諺を探していてみつけました。「どんな状況でも、自分の本質は変わらない」と言うのがこの諺の意図するところのようです。油の中、はもちろん料理になるときで、ワインの中は人間に食べられて、胃の中でワインと混ざる、ということなんだそうです・・・。

画像は"Alla ricerca di Nemo"(アッラ・リチェルカ・ディ・ネモ)=ファインディング・ニモです。クマノミは食べれないけどね・・・・。

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venerdì, 17 marzo 2006

Non si puo'avere la botte piena e la moglie ubriaca

nr.288

[Proverbio/ことわざ]

botte piena

(発音:ノン スィ プオ アヴェーレ ラ ボッテ ピエーナ エ ラ モリエ ウブリアーカ)

訳)「満杯の酒樽と酔った女房を両方手に入れることはできない」


Commento di Gino:


 女の人と言うのは、不思議で賢い創造物です。「女性は本当にセックスが好きなのか、それともただ男を喜ばせてくれているだけなのか」という討論は何世紀もの間続いてきましたが、誰も真の結論に辿り着いていません。友人たちの証言や個人的な出来事なんかからは、この問題は未解決のままなので、少なくとも僕は答えを見つけていないのです。実際、女性が男性に身を任せることを納得させるために、男は汗でワイシャツを7回濡らさなければならない、なんていう言い回しもあるわけです。
 一番ありふれてて初歩的な女性をモノにする方法は、少し酔っ払わせることかもしれません。彼女の一時的な幸福感がちょっとだけ自制心を失わせてくれないかな、と願いながら・・・。でも、まだ問題が・・・。女性を酔わせるのはまったくタダというわけではないし。もし、おしゃれな飲み屋に連れて行けば、お給料のほとんどが飛んでいってしまう危険性も!だから、満杯の樽(もしくはお財布)と酔った奥さん(させてくれる女性)を手に入れるのは簡単ではないと。つまり、この隠喩は何かを手に入れるためには、いつも何かを犠牲にしなければ駄目だ、と。ひとりでには何もやってこないから。


(原文)Le donne sono veramente creature curiose e intelligenti. Il dibattito intitolato: “ Ma alle donne piace veramente fare l’amore, oppure lo fanno solo per fare un dono all’uomo? “ dura ormai da secoli ed ancora nessuno e’ riuscito a trovare una vera conclusione. Almeno io non l’ho ancora trovata perche’ le testimonianze di amici e i fatti personali lasciano ancora questo quesito irrisolto. Sta di fatto che il modo di dire esiste e significa quindi che l’uomo deve sudare sette camicie per riuscire convincere una donna a concedersi. Il modo banale e da principianti per convincere una donna puo’ essere quello di farla bere un po’ sperando che la sua temporanea euforia sia sufficiente a farle perdere un po’ di controllo. Ma c’e’ ancora un problema, far bere una donna non e’ proprio gratis, anzi se la si porta in qualche locale alla moda si rischia di spendere una buona parte dello stip
endio! Quindi, avere la botte piena (oppure il portafoglio) e la moglie ubriaca (la donna che si concede) non e’ facile. Questa metafora quindi indica che per ottenere qualcosa bisogna sempre fare un sacrificio, perche’ da se non viene nulla.

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domenica, 12 marzo 2006

Piangere e' una specie di piacere

nr.283

noncirestachepiangere_gf_cg
[Proverbio/ことわざ](発音:ピアンジェレ エ ウナ スペチエ ディ ピアチェーレ)

訳)「泣く事は一種の喜びである」

Commento di Rika:
最近は泣く事が、ストレス解消にとても良いと信じられ、泣くための映画なんかが結構もてはやされていますが、イタリアでは古代ローマ時代から言われていたことです"il pianto rende più lievi le disgrazie":イル ピアント レンデ ピュー リエヴィ レ ディスグラツィエ=「泣く事はつらい事を軽くしてくれる」(セネカ)、とか"godere del pianto":ゴデーレ デル ピアント=「泣く事の喜び」(ホメロス)というのが昔の文学に書かれているのでもわかります。この表現もそういう賢人の言葉を踏まえて、中世の頃にはことわざの様に使われるようになったわけです。
でも確かに泣くと、すきっとしますよね。悲しいことより、僅かな幸せなんかで心が震えて泣けると、自分もまだ捨てたもんじゃないな~とか。"La vita e' bella(ライフ・イズ・ビューティフル)"や"Il postino"なんかは、泣いてください、みたいな映画ですが、泣くか?こんなんで?という映画で泣くのが好きな私はやっぱり少しひねくれているのか?
 ちなみに、ここにある画像の"Non ci resta che piangere"(泣くしかない)という映画はLa vita e' bellaのベニーニとIl postinoの故マッシモ・トロイージ(死んじゃったと思うと顔見ただけでも悲しくなっちゃうのですが)が共演したものです。中世にタイムトリップしたトスカーナ人とナポリ人の掛け合い漫才が味がある、独特な名(迷?)画です。日本では未公開みたいだね~。イタリア語のはクラブにあるかも。でも二人ともベタベタな方言で話すので、聞き取りは結構難しいかな。(中世の人たちのイタリア語のほうが簡単だったりする・・・)

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mercoledì, 08 marzo 2006

Aiuta i tuoi, e gli altri se puoi

nr.280
[Proverbio/ことわざ](発音:アユータ イ トゥオイ、エ リ アルトリ セ プオイ)

訳)「両親を助けなさい、できれば他の人たちも」

Commento di Rika:
 イタリア語の詩・諺と言うのは「韻(rima:リーマ)」を踏んでいることが多く、今回もtuoiとpuoiが韻になってます。両親という単語はgenitori:ジェニトーリですが、男性形複数所有代名詞i tuoi,i miei:イ ミエイ,i suoi:イ スオイ がそれぞれ、「君の両親」「私の両親」「彼・彼女の両親」を表すのです。でも、この言い回しって、なんか変だと思いませんか?
 まあ、自分の両親を助けるのはいいとして、「できれば」他の人もっていうのは何なの?聖書の有名な一節、Ama il prossimo tuo come te stesso:アーマ イル プロッシモ トゥオ コメテ ステッソ=「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せ」から考えたら、当然両親以外の人にも親切にしなければいけないようなもんなのに・・・
  ぜんぜん関係ありませんが、私の大好きなイタリア人シンガー、Daniele Silvestri(ダニエーレ・シルベストリ)の歌("Manifesto")に、このフレーズが出てくるので歌詞カードリンクしときました。ついでにそれが入ってるアルバムも。このアルバムの中では、”Saliro'"という曲がイタリア中で流行ったとか。(でもAmazonはイタリアのCDが直接買えないから、輸入盤なのでちょっと高いね・・・)

★ブログ・ランキングにも参加してます。面白かった日だけでもいいので、クリックしてみてね。ランクが上がると、いろんな人たちが見に来てくれるかもしれないな~という淡い期待です。せっかく毎日書いてるんで、たくさんの人がイタリアのこと知ってくれると嬉しいな~という・・・(別にランクUpしてもお金が儲かるとかではないです)
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venerdì, 03 marzo 2006

Essere donna e Madonna

nr.276

[Probervio/ことわざ](発音:エッセレ ドンナ エ マドンナ)

訳)「かかあ天下である」_878543_richie_madonna150


Commento di Gino:

ときどきあんまり意味がないような細かい部分が歴史の流れを大きく変え、後世の考え方まで左右することがあります。キリスト教は、他の多くの宗教のようなもので、もはや世界中で一番伝播した宗教というわけでもありませんが、他の宗教には多分ない特徴を持っています。それは、聖母(マドンナ)つまりイエスの母という女性の像を崇拝することだと言えるでしょう。この事は、イタリア文学にたくさん影響を与えたと思います。事実、長い間、女性像や女性というものは、男性が当然服従させられない創造物の基準とみなされていました。
マドンナについて言えば、つまり、イエスの母というだけでなく、強く、主(あるじ)であるという意味があるのです。 Essere donna e Madonna=女でありマドンナになる、の意味はこのように母であり、あるじである、と言う状態を、同国人を妻にむかえることを決心するほとんど全てのイタリア人が、曲げることなく認めている部分なのです。

Commento di Rika:
今日はひなまつり。この記事の内容は偶然、女性に関するフレーズでした。(でもイタリアではFesta della donna:フェスタ デッラ ドンナ=女性の祝日は3月8日だから、そっちに載せようか悩みました)

(原文)Talvolta particolari che sembrano insignificanti cambiano pesantemente il corso della storia ed il modo di pensare dei posteri. Il cristianesimo e’ una religione come tante altre e non e’ nemmeno la piu’ diffusa nel mondo, ma ha una caratteristica che forse altre religioni non hanno, e cioe’ quella di considerare importante finalmente una figura femminile, la Madonna, ovvero la madre di Gesu’.
Questo fatto, secondo me, ha influenzato molto anche la letteratura italiana, infatti per un lungo periodo la figura femminile, la donna, era considerata alla stregua di una creatura divina alla quale l’uomo non poteva fare altro che sottomettersi. Per Madonna quindi non si intende solo la Madre di Gesu’ ma anche una donna forte e padrona. Essere donna e Madonna, significa appunto essere moglie e padrona, proprio come hanno inesorabilmente modo di constatare quasi tutti gli italiani che decidono di prendersi in moglie una loro connazionale.

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da Gino/Ginoのコメント, 諺/Proverbi | | Commenti (0) | TrackBack (0)

giovedì, 02 marzo 2006

Chi troppo in alto sal, cade sovente precipitevolissimevolmente

nr.275
[Probervio/ことわざ](発音:キ トロッポ イン アルト サル、 カーデ ソヴェンテ プレチピテヴォリッシメヴォルメンテ)

訳)「高く昇りすぎる者は、それだけ速く落ちる」

Commento di Rika:
最近のライブドア事件はまさにこの諺のとおりかな~と言う感じですね。また、確証もなく、偽メール(?)を信用して、大ばくちを打った議員もころころと転がり落ちていきます。この、precipitevolissimevolmente(:プレチピテヴォリッシメヴォルメンテ=大急ぎで)という副詞は学術語を除くイタリア語の中でもっとも長い語と言われています。(早口言葉みたい・・・)この諺はイタリア全土にあるのですが、こうやってみるとやっぱりトスカーナ方言がイタリア語の文法の基礎になっただけあって、読んでて意味が分かりますよね。(だからトスカーナだけ訳してみた)

Chi monta piu' in alto che no 'l devi, el casca piu' basso che no 'l credi (Venezia Giulia)
Chi va tropp a voIlt (in alt), ris'cia de fa' la tomma (Lombardia)
Chi monta piu' alto ch'e' non deve, cade piu' basso ch'e' non crede (Toscana)
(=行ってはいけない高さまで上るものは、信じられないほどの低いところへ落ちる)
Chi va tropo in alto, casca in fosso (Istria)
Piu' in alto che se va, pu 'l cul se mostra (Trentino)
Plu insu' que t' vas, plu tommes t'a bas (Valli ladine del Trentino)
Chi piu' monta, piu' scend (Marche)
Chi sarta troppo grossu va a fini' entr'a nu fossu (Abruzzo)
Cchiu' 'ncoppa se saglie, cchiu' butto se piglia (Campania)
Cui ch'al e' plui in alt, nol pense ch'al po' cola' (Friuli)

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mercoledì, 01 marzo 2006

Gli esami non finiscono mai

nr.274

[Probervio/ことわざ](発音:リ エザーミ ノン フィニスコノ マイ)

logocepuhome


訳)「試験は終わらない」

Commento di Luigi:
 「試験」、「テスト」というと学生の頃の記憶が蘇りますが(ぎゃー)、社会に出るようになって、それから解放されたと思うのは間違いだな、というのにしばしば気づかされます。結局、「人生死ぬまで勉強」(Non si finisce mai di imparare:ノン スィ フィニッシェ マイ ディ インパラーレ)とでもいいますか・・・。でも試験はきらいなんだよおお(ToT)

Commento di Rika:
 今日のロゴにしたCEPUは、イタリアのチューター斡旋です。普通は大学の卒業試験勉強を手伝ってくれるようです。イタリアは小学校1年から、落第制度を取っているので勉強しない人には容赦ないのです・・・。(まあ、1年生で落第になるってのはよっぽど悪いか、病気で出席日数が足りないとか・・・)高校卒業資格試験(maturita':マトゥリタ=成熟と言う意味なんですが)も結構大変なので、日本で言う塾のようなものも最近は人気があるようです。このmaturita'は大学受験資格試験でもあるので、大学受験はない、とはいいながらも誰でも入学できるわけではないのですね・・・。
fondo_metodo


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martedì, 28 febbraio 2006

Tutto e' bene quel che e' finisce bene

nr.273
[Probervio/慣用表現](発音:トゥット エ ベーネ クエル ケ エ フィニシェ ベーネ)

訳)「終わりよければすべてよし」coplibri




Commento di Rika:

 シェークスピアの作品タイトルで、英語ならAll's well that ends well。どんなに徒労しても、結果がよければ、満足感を得ることが出来る・・・という意味ですよね。(そういうことが、最近あったんすよ。ねー、Motokoさん。あ、でもまだ、本当の最終的結果にまではいきついていないな・・・人生山アリ谷アリ?)本の内容はどっちかというとこの前紹介した「恋は盲目」に近いのですが。実際は、「ことわざ」として広く普及していた言葉をシェークスピアが本のタイトルに選んだというのが実情のような気がします。ラテン語でもこの言い回しがあるし。(Omnia tunc bona sunt,clausula quando bona est)

 

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mercoledì, 22 febbraio 2006

Dove non vi sono capelli, male si pettina.

nr.269

[Proverbio/ことわざ](発音:ドーヴェ ノン ヴィ ソーノ カペッリ、 マーレ スィ ペッティナ)

訳)「髪のないところは櫛でとけない」logo2


Commento di Rika:
ゆうべ、「タモリのジャポニカロゴス」という番組の中で紹介されていた諺で、これと英語の「コルクを絞っても果汁は出ない」と同じ意味の日本語の諺は何でしょう?という問題でした。「ない袖は振れぬ」が正解ですが、イタリア人も「ハゲ」を気にするんだな~という話に脱線していた・・・。でも、イタリア人ってあんまりつるっぱげの人っていないような・・・。(私の知り合いの周りでだけかもしれないけど・・・。)さて、この諺、もう一つ言い方があって、Dove non vi sono capelli, a che serve il pettine?(ドーヴェ ノン ヴィ ソーノ カペッリ、ア ケ セルヴェ イル ペッティネ?=髪のないところに、櫛なんかいるのか?)どっちにしても、vi sonoは「ある」の意味のci sonoと同じ言い方です。(学校ではci sonoばっかり教えてますけど)

「イタリア語、ことわざ」で検索かけて、うちのブログに来た方がいたようですが、この番組のスタッフの方だったのかな~。いつか私の紹介した文がTVに出たらちょっと嬉しいなvv。

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martedì, 21 febbraio 2006

Febbraio, corto e amaro

nr.268

[Proverbio/ことわざ](発音:フェッブライオ、コルト エ アマーロ)

訳)「2月、短く厳しい」162_1_4


Commento di Rika:

 いろんな地域で同じ言い方のある天候に関することわざです。corto(短い)は、2月が28日(もしくは29日)しかないので確かにそのとおりなんですが、amaroという形容詞は、普通は「苦い」という意味でよく使われるので、ピンとこないかもしれませんね。でも、「厳しい」「辛い」という感じで訳せば、なかなか春にならない今の時期を言い当てていると思います。(イタリアと日本の気候って結構似ているのかも)以下は方言ヴァージョンです。(これは発音に自信ないから、カタカナでは書けませ~ん)
Fevraro, curto e amaro (Campania)
Frebbàre curte e amare (Puglia)
Febraro curto e amaro (Lazio)
Febrar mez dolzi e mez amar (Trentino)
写真は2004年にトリノで雪が降ったとき。今年はオリンピックがあるもんね、寒くてもがんばれそう。

【メルマガお休みのおしらせ】
配信サービス元の「Melma!」さんが、2006年2月25日(土)00:00-2006年2月26日(日)24:00の間、メンテナンス作業を行います。そのためこの「Una Frase Al giorno」は、2/25(土)と2/26(日)の二日間配信されません。悪しからず、ご了承ください。

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sabato, 18 febbraio 2006

Chi non sa fare, lasci stare

nr.265

[proverbio/ことわざ](発音:キ ノン サ ファーレ ラッシ スターレ)

訳)「出来ない人は放っておきなさい」

Commento di Rika:
まあ、そのとおりなんですが、でも人に迷惑をかけたり、周りの人のやる気をそいでしまう人というのを放っておくわけにはなかなか行かないわけです。実も蓋もない・・・。出来なくても、頑張ろうという姿勢というのは大切だし、いずれ出来るようになる可能性もゼロではないし。第一、「できないもん」と開き直られるのが一番困る・・・。
古代ローマの哲学者セネカのことば、Piger ipse sibi obstat(ラテン語)=イタリア語ではIl pigro e' d'ostacolo a se stesso’(イル ピーグロ エ オスターコロ ア セ ステッソ=怠け心は自分自身の障害になる)なんかを見ると、考えさせられる。やりたくないな~と思っても「終わらない仕事はない」←これは岡崎京子の言葉。
ちょっと今日は説教くさいな。すんません。

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domenica, 12 febbraio 2006

Meglio tardi che mai

nr.259

[proverbio/ことわざ](発音:メリオ タルディ ケ マイ)assorti


訳)「やらないよりは遅れるほうがマシ」

Commento di Rika:

かといって、遅刻を容認する諺ではありません。でもヴァレンタインとか、遅れて告白したりするのはアリなのかな?「昨日、言いそびれちゃった」くらいならかわいいけど、「先週、チョコあげるの忘れてごめんね」というのもトンチンカンだよね?それでもチョコをもらえることは男性にとってはうれしいことなのかな~?まだ、あと二日あるので、チョコをあげようと思ってる人は、やっぱり14日にあげたほうがいいと思います・・・。

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sabato, 11 febbraio 2006

Rosa Rossa pegno d'Amore!!!

nr.258
svalentino
[proverbio/ことわざ](発音:ローザ ロッサ ペーニョ ダモーレ)

訳)「赤いバラは、愛の証。」

Commento di Rika:
いろんな説が起源としてある、ヴァレンタインですが、いずれにしてもこのお祭りはイタリアからスタートしています。紀元前4世紀、 Lupercus(ルーペルクス)という神(狼に関係があるから、ローマ人に好かれてた)を信じるカップルの名前を壷にいれ、多産のせいで親に疎まれている子供が、そこから名前を引いたカップルの家に1年住みに行くという儀式があったとか。
ヴァレンタインデーは聖ヴァレンタイン=San Valentino(サン・ヴァレンティーノ)の名に因んだものです。しかし実際はSan Valentinoという聖人は何人かいたと信じられているのです。その一人はローマの神々を信仰することを拒んだために牢獄に入れられ、彼の友人達は彼の独房の格子を通じて自分達の愛と支援を表現した書きものを送ったとのことですが、このことがヴァレンタインカードを交換する習わしの起源になったと信じられています。別の聖ヴァレンタインはローマ皇帝のクラウディウスが若年の男が結婚することを禁じた後にも拘らず、秘密裡に結婚を司った人として知られています。2月14日は紀元496年にヴァレンタインの日と名付けられ、聖ヴァレンタインは愛人たちを保護する聖人と信じられました。

でも、日本みたいな女性の告白の日になったのはなぜなんでしょうね~。チョコレート会社の陰謀、とも言われているけど・・・で、私たちも便乗します(笑)今日は、クラブで
イタリア製ハンドメイド・ネクタイとトリノオリンピック公式チョコレートの展示即売会をしますよ~~。お気軽にお越しください。会員以外でももちろんOK。(営業時間:10:00~18:00)お待ちしてま~~す!!

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lunedì, 06 febbraio 2006

Uomo zelante, uomo amante

nr.254

[Proverbio/諺](発音:ウオーモ ゼランテ、ウオーモ アマンテ)

訳)「マメな男が恋にふさわしい」

zelanteは、「熱心な」「熱意のある」という形容詞。でも、日常会話では、あんまりよく使う訳ではないようです。(どっちかというと”intraprendente”:イントラプレンデンテ=恋愛に積極的な人、の方が一般的)今回は「マメ」と訳してみました。でも”Uomo geloso, uomo noioso"(ウオーモ ジェローゾ、ウオーモ ノイオーゾ)「嫉妬深い男は、うっとおしい」という諺もあるので、要注意です。Il troppo stroppia(イル トロッポ ストロッピア=「やり過ぎは障害になる」)という諺もあります。何事もほどほどにがいいようです。

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domenica, 05 febbraio 2006

Amore e' cieco

nr.253
[Proverbio/諺](発音:アモーレ エ チエコ)copertina_ac
訳)「恋は盲目」

ラテン語ではAmore caecus,英語ではLove is blind。好きな人のためなら、何でもしてしまうし、多少のことなら我慢してしまう。その人の言うことは何でも信じて、周りの声は聞こえなくなる.....考えると怖いものです。目が見えないことをciecoと言うのですが、全国のチエコさんたちには何となく申し訳ないです。(私が決めた訳ではないけど)
私は視力が0.05しかないので、眼鏡やコンタクトがないと、何にも見えません。だから朝、顔を洗って、「メガネ、メガネ」と探していると、よく夫に、
Sei proprio cecata(セイ プロプリオ チェカータ:まったく目が見えないんだな)
と苦笑されます。cecare:チェカーレ「失明させる」という動詞もあるのです。
ちなみに、近眼はmiope(ミオペ)、遠視はpresbite(プレスビテ)、乱視はastigmatico(アスティグマティコ)と言います。

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venerdì, 03 febbraio 2006

Non c'e' amore senza gelosia

nr.251

[Proverbio/諺](発音:ノン チェ アモーレ センツァ ジェロズィーア)

訳)「嫉妬のない愛はない」

Commento di Rika:

ヴァレンタインまでは「愛」に関係する表現を選んでいこうかな~と考えて、今日のフレーズはこれに決定しました。現代心理学や社会学で命題になるほど、人間の原始的な感情の一つである「嫉妬」。どんな人でも程度の差はあるものの「嫉妬」したことはあるし、それが「愛情」に立ち向かうとやっかいなものです。"Gelosia viene per impotenza,per opinione e per esperienza."(ジェロズィーア ヴィエネ ペル インポテンツァ、ペル オピニオーネ、エ ペル エスペリエンツァ)「嫉妬は無能と意見と経験にくっついて来る」嫉妬の原因はいろいろあるけど、遅かれ早かれ誰でも感じることになる、という意味の格言ですね。そして、"La gelosia scopre l'amore"(ラ ジェロズィーア スコプレ ラモーレ)「嫉妬は愛を見つけ出す」好きな人に対する強い羨望や、その人に近づくすべての人を排除したいという気持ちは"La gelosia e' il peggiore di tutti i mali"(ラ ジェロズィーア エ イル ペッジョーレ ディ トゥッティ イ マーリ)「嫉妬はすべての悪のなかでも最悪もの」と言われるゆえんなのかもしれません....。一日4伊文になっちゃったな、今日は。

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sabato, 28 gennaio 2006

La miglior salsa e' l'appetito

nr.245

[Proverbio/諺](発音:ラ ミリオール サルサ エ ラッペティート)

訳)「最良のソースは食欲である」

Commento di Rika:

今回から、カタカナで発音表記も書くことにしました。(イタリア語をクラブで習っていない独学者の方もいらっしゃるので、そのリクエストに応えて...でも厳密にはちょっと発音が異なるのは悪しからず)どんなに素晴らしい料理でも、お腹がいっぱいだとおいしく感じませんよね。逆に、お茶漬けだけ(イタリア人だったらパンとチーズだけ)でも空腹のときは、ご馳走になっちゃうから不思議です。でもAppetito vien mangiando(食欲は食べ始めるとやってくる=アッペティート ヴィエン マンジャンド)っていう諺もあるから、食いしん坊には関係ないですね。
ちなみにBuon appetito(ブォナッペティート)は「いただきます」ではなくて「めしあがれ」ですから、自分にではなく食べる相手に向かって言います。言われた方は、Grazie, altrettanto(グラーツィエ、アルトレッタント)「ありがとう、あなたもね」と言ってあげると感じがいいです。

☆☆☆3月18日出発、ルイジ先生と行くイタリア留学旅行9日間、午前中は語学学校ABCで4時間のイタリア語学習、午後は希望者とともにイタリアの生活を体験できる観光(市バスに乗ったり、スーパーマーケットに行ったり)、夜は毎日トラットリア、オステリア、ピッツェリア、リストランテと観光客の極力少ないお店を選んで、イタリア人がいるイタリア旅行を満喫していただきます!!こんな機会は普通はできませんっ!!フィレンツェ空港改装のため、ボローニャに離着陸することになったので、ついでにルイジ先生の第二の故郷も覗いてしまおう!参加者募集は2月初旬まで延長!詳細はこのページのバナーから→

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lunedì, 23 gennaio 2006

Pensuma per ancheuj, e duman ch a-j riva cusa aij veuur.

nr.240
[Dialetto/諺]

訳)「今日考えよう、そうすれば明日欲しいものがやってくる」wIwqwOwRwOwpwe


Commento di Rika:
 
 トリノのあるピエモンテの方言です。イタリア語なら、”Pensa per oggi, e domani arriva ciò che vuoi.”土曜日にクラブで開催したトリノ文化セミナーでは、内外からトリノに興味を持ってくださった皆さんと、トリノの豆知識を蓄えました。トリノは16世紀にサヴォイア朝の中心になってからイタリアの首都がRomaに遷都される19世紀までずっと政治的にも中心になっていましたが、戦後王政から共和制に移動するときに国外追放されたサヴォイア家の末裔たちがいたりと、ブルジョワ感覚溢れる都市です。もちろんローマ遷都後、フィアット・ランチャをはじめとする自動車企業の設立を機に産業都市として発達していきますが、勤勉なトリノ人魂の表れなんでしょうね。今日の方言でも「今日やれることは今日やろう!」という南イタリア人なら「え~、明日でいいじゃん!」と反発するような人たちもいそうですもんね。(もちろん、まじめな南の人たちもいるとは思いますが・・・ねえ、ルイジ、ダニエーレ!)
 トリノの有名おすすめレストランを高島屋にお店のあるサルヴァトーレ・クオモさんのブログでみつけたのでリンクさせてもらいます。私、独身の頃彼にイタリア料理習ったことあるのですが、すっごい痩せていい男になっててびっくり・・・。

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giovedì, 19 gennaio 2006

simile

nr.236
[Gergo/スラング]

訳)「コピー商品」

Commento di Rika:

 ブランド品やデザイナーの洋服を着る若者を指すスラングです。simileはもともと「似たようなもの・類似のもの」を意味します。"Se senti Silvano,porta solo la roba autentica, ma per me e' un simile."(ブランドものしか持たないSilvanoの言うこと聞くのもいいけど、俺に言わせりゃコピー商品だよ)

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mercoledì, 18 gennaio 2006

La lingua batte dove il dente duole

nr.235
[Probervio/諺]

訳)「舌は痛い歯ばかりを触るもの」

Commento di Rika:
 
 気になることがあると、そのことばかりで思い煩うことをいいますが・・・こういう諺って日本語であったような・・・(前もそういうのあったけど、結局答えが出なかったんだよね~。どなたか思い当たる方は、ここのコメントにご記入ください。)
英語でも同じ表現があるのですが、(The tongue ever turns to the aching tooth:舌はいつも痛む歯に向かう)その日本語はやっぱりなかった。「心はいつも心配事に向かうものだ」になっていましたが、どんなもんでしょう。

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martedì, 10 gennaio 2006

Uomo nasuto, di rado cornuto

nr.227
[Probervio/諺]

訳)「鼻の利く男は、稀にしか浮気されない」

Commento di Rika:

 nasutoは「鼻の大きい」という意味ですが、古語的な訳で「鼻が利く」という意味もあります。di radoはraramenteの別の言い方で「まれな」。cornutoに関しては12/9のバックナンバー・ブログを参考にしてください。

 最近読んだイタリア語通訳の田丸久美子さんの「シモネッタのデカメロン」(CLUBで借りれます)という本には彼女のお客さんや知りあいのイタリア人たちの悲喜こもごもな恋愛・浮気・シモネタが集められています。まあ、出張のたびに浮気する男性がイタリア人だけでなく、世界的にいるのは周知なのに、この本1冊だけ読むとイタリア人が一番楽しんでいるのでは?と思わされて、複雑な気持ちになりました…。上の格言も「まれにしか」と言うのがイタリアっぽいです。(たまには浮気されちゃうということでしょ?)あと、鼻の大きさは局部の大きさも表すので二重の隠喩なんだけど。

 イタリアで「使い捨てカイロ」が売れなかった、という下りも読んで思ったのですが、そんな色気のないものは絶対イタリア人は持ち歩かないと。好意に思っていた男性に腰を引き寄せられて「何、君、カイロ巻いてんの?」と呆れられたら、今までの苦労が水の泡!と考える女性のほうが圧倒的に多そうですから・・・。

 

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lunedì, 09 gennaio 2006

Finche' c'e' vita (fiato) c'e'speranza

nr.226
[Probervio/諺]
訳)「命(息)があるうちは、まだ希望はある」
Commento di Rika:
 Auguri a tutti!長らくお休みいたしましたが、子供に剥がされたPCの鍵盤も無事修理から戻り、今日からまた張り切って皆さんに楽しいイタリア語の文を(ほぼ)毎日お届けしようと思います!今年も、CLUB ITALIA NAGOYAでいっぱいイタリア語を覚えてくださいね~!
 さて、今日の諺はイタリア全土にあるもののようです。日本語だと「命あってのものだね」みたいな。面白いから、それぞれの地域の方言で紹介しておきますね。
サルデーニャ:Quantu durat s'anima in su corpus, bi hat semper isperantia.
エミリア:Fen ch'i e' fie', i e' speranza
マルケ:Fina ch' c'e' fiet, c'e' speranza
カンパニア:Sempe ca 'nce e' vita c'e'speranza
フリウリ:Fin ch'al e' fla't 'e je' sperance - L'ultime a piardi 'e je' la sperance
ロンバルディア:Fin che gh'e' fiaa gh'e' vitta - Fina che la te', la dura
イストリア:Fin che xe fla', xe speransa

 ご覧のとおり、サルデーニャは言語が違うのが一目瞭然ですね。基本的にイタリア国内でイタリア方言ではなく別の言語として認識されているのは、サルデーニャ・トリエステ・アオスタ・ヴェネトの一部とのことですから・・・。私たちがアイヌ語とか琉球語をよく分からないのと同様サルドはイタリア人にも難解だそうです。

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mercoledì, 21 dicembre 2005

Chi non e' contento di quello che ha, non sarebbe contento neanche se avesse cio' che non ha.

nr.224
[Proverbio/諺]訳)「自分が持っているもので満足しない人は、持っていないものを手に入れても満足しないだろう」tukuvai


Commento di Rika:
 文章が二つに分かれていますが、後者は条件法と接続法半過去が使われており仮定を表します。
石庭で有名な京都の竜安寺に「我唯足るを知る」という意味のつくばい(手洗鉢)がありますが、これは禅問答を図案化したものだとか。これで十分、と思う心が美徳なのは洋の東西を問わず共通なのですね~。

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giovedì, 08 dicembre 2005

Can che abbaia non morde! (Il cane che abbaia non morde.)

nr.214

[Proverbio/諺]訳)「吠える犬は噛まない」

Commento di Gino:
 イタリアでは、ちょっと怒る人は、とどのつまり、あんまり悪い人ではなく、人を傷つけたりしないと思われています。飼い主の家を守るためにたくさん吠える、結局は「遊ぶのが好きなわんちゃん」という番犬みたい。
 おんなじことが人間にも言えるわけです。イライラして時々怒る人と言うのは、心と感情を備えていると言うことで、たぶん残念だから怒るわけだし、コミュニケーションの一環で声を荒げるのかも。何にも言わない人のほうが不愉快じゃないかな。もっとひどいのは顔では笑っていても、背中を向けたらすぐ、何か悪いことをする人でしょう。
 どういう方法でも、考えていることを他人に分からせる人というのはイタリアでは当然ずっと勇気がある人とみなされます。沈黙と言うのは、つまり一目瞭然で簡単な返答だけど。みんながみんな犬の率直な反応を好きと言うわけじゃなくて、一部には外見はもちろん、敵をひとかみで黙らせる殺し方がいいと蛇を好む人たちもいるわけで。

(原文)In Italia si pensa che chi si arrabbia un po’ tutto sommato non e’ cattivo e non e’ in grado di farti del male. Un po’ come il cane da guardia che abbaia tanto per difendere la casa del suo padrone ma che in realta’ e’ “cagnolone giocherellone”. Allo stesso modo sono considerate le persone. La persona che si innervosisce e qualche volta si arrabbia e’ dotata di cuore e sentimenti e forse si arrabbia per dispiacere ed anche alzare un po’ la voce e’ una forma di comunicazione che per quanto sgradevole e’ sicuramente migliore del silenzio o peggio ancora della persona che ti sorride in faccia ma che poi appena giri le spalle ti fa del male. Chi ti fa capire in qualche modo cosa pensa e’ considerato in Italia certamente piu’ coraggioso. Il silenzio tutto sommato e’ certamente la risposta piu’ ovvia e piu’ facile. Non a caso tutti (o quasi) amano i cani per la loro onesta nelle reazioni, pochi amano i serpenti non solo per l’aspetto ma per il loro modo di fare, cioe’ quello di mordere ed uccidere le vittime nel piu’ assoluto silenzio.

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mercoledì, 30 novembre 2005

Non fasciarti la testa, prima di romperla

nr.207

[Proverbio/諺]訳)「頭を割る前に包帯をするな」

Commento di Luigi:
 そのままですが・・・何かが起きる前にいろいろ気に病んではいけませんよ~、と。
そういう諺です。fasciarsi la testa=取り越し苦労をする、という成句です。

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lunedì, 28 novembre 2005

Tutto il mondo e' paese.

nr.205

[Proverbio/諺]訳)「世界中どこでも村」

Commento di Luigi:
 世界は広いとはいえ、所詮人間の住んでいるところ、悩みや問題は共通です。人間関係のわずらわしさは、どこもおんなじ。最近は、インターネットや衛星の発達で日本にいても世界中の小さなニュースを知ることもできるしね。

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sabato, 26 novembre 2005

Chi semina vento, raccoglie tempesta.

nr.203

[Proverbio/方言]訳)「風を植え付ける人は、嵐を呼び寄せる」

Commento di Rika:
「身から出た錆」をイタリア語で言うと、この諺を紹介されますが、これ擬人法というのか、独特な言い回しです。seminareは種をまくなのに、「風を撒く」って表現になっているし、raccogliereは「収穫する」「集める」という意味なんですね。おかしいでしょ?
もちろん「自業自得」を表すのですが、"L'hai voluto tu!"(あんたがそうしたかったんでしょ)とか、"Te la sei proprio meritata"(まったくその報いをうけたね)という言い方もよく聞きます。

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lunedì, 24 ottobre 2005

A nave rotta ogni vento e' contrario

nr.176

[Proverbi/諺]訳)「壊れた船にとってはどんな風でも向かい風」

*Commento di Rika:
先週は、祖母が亡くなったのでずっとメルマガが出せませんでした…すいませんでした。で、はりきってまた今回から頑張ろう、と思ったら今までバックナンバーを掲載していたmelma!blogが11月末で無くなるとのこと。それにともない、今まで残してきた情報が全部消去されるので「ご了承ください」だ~~~????ということは他のブログシステムに急いで移行しなければならないのです。何でこんな忙しい時期にこんなことするんだ!(カンカン)というわけで、今日のfraseは「弱り目に祟り目」のイタリア語版です。

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lunedì, 17 ottobre 2005

Si parla del diavolo e spuntano le corna.

nr.173

[Proverbi/諺]訳)「悪魔のことを話すと、角でつつかれる」


Commento di Rika:
 「噂をすれば影」のイタリア語版です。ちょうど妹のことを話していて、コンビニに行ったら、偶然出会ってしまいびっくりしたので出た諺です。別に妹が「悪魔」というわけではありませんが・・・。


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giovedì, 13 ottobre 2005

Tentar non nuoce

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nr.172

[Proverbi/諺]訳)「やってみても損はない」


Commento di Rika:
tentareは「試みる」。「洋服を試着する」などで使うProvareと比べると、何かの意思や誘惑によって「やってみよう」と思うときは前者を使います。ここでは発音がしやすいように、tentarと最後のeが語尾切断されています。nuocereは「損なう」。一番この単語をよく見るのは、タバコのパッケージ。"Il fumo nuoce gravemente alla salute"{喫煙はあなたの健康を深刻に損ないます)最近、日本のタバコにも書かれていますよね~。

ちなみに写真のパッケージについているスローガンは、皮肉をこめて愛煙家が作ったものです。「喫煙はゆっくり殺すが、別に私は急いでいないから」

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lunedì, 10 ottobre 2005

Chi asino nasce asino muore

nr.169

[Proverbi/諺] 訳)「ロバで生まれた人はロバで死ぬ」

Commento di Rika:
「馬鹿は死ななきゃ直らない」のイタリア語バージョンです。ロバってバカな動物じゃないって、言われるのに世界中で馬鹿の代名詞ですよね~。「馬鹿につける薬はない」とかも"Chi lava la testa all'asino perde il tempo e il sapone"「ロバの頭を洗うのは時間と石鹸がもったいない」という具合で。ちょっとasinoがかわいそう。

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venerdì, 30 settembre 2005

Chiodo scaccia chiodo

nr.162[Proverbi/諺]

Commento di Rika:

新しい心配事が、古い心配事を忘れさせてしまうこと使いますが、失恋の痛手を新しい恋ですっかり忘れちゃうようなときにも使います。Ma i ploblemi restano insolti!(でも、問題は解決してない!)という応え文句も一緒に使ったりして。

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lunedì, 19 settembre 2005

Nessuno e' perfetto

nr.154
[Proverbi/諺] 訳)「誰も完璧ではない」

Commento di Rika:
 「猿も木から落ちる」と同意の諺として紹介しますが・・・Anche le scimmie cadono dall'alberoって言ったら通じました。日本語の諺をそのまま翻訳してイタリア人に伝えると結構「うまいこというなあ」と感心されるときもあります。

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venerdì, 16 settembre 2005

Ne uccide piu' la gola che la spada

nr.151

[Proverbi/諺] 訳)「剣より喉のほうが多くの人を殺す」

Commento di Rika:
la gola は「喉」とはいえ、もともとはキリスト教の" i sette peccati capitali"「7つの大罪」の一つ”peccato di gola"=暴飲暴食の罪 から来ています。いけないとは知りつつも、おいしいものを諦めきれないのは人間の性(サガ)なんでしょうか。天高く、馬肥ゆる秋・・・健康を損ねない程度に食べましょう~。

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sabato, 10 settembre 2005

Chi va con lo zoppo impara a zoppicare

nr.146

[Proverbi/諺]訳)「びっこを引く人と一緒に行くと、びっこをひくのを覚えてしまう」

Commento di Rika:

「朱に染まれば赤くなる」のイタリア語版です。同じような諺で”Le cattive compagnie guastano"(悪い仲間は堕落させる←そのまんま)というのもあります。ところでzoppo(びっこ)というのは出版禁止用語なのでしょうか?差別用語なのかな?結構イタリア語ではこの言葉たくさん使うんだけどな。童謡の中でも「びっこのひよこ」って歌もあるんだけど・・・。

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domenica, 04 settembre 2005

O ti mangi questa minestra o ti butti dalla finestra

nr.141
[Proverbi/諺] 訳)「このスープを飲むか、窓から飛び降りるかだな」

Commento di Luigi:

「これしかない!」つまり選択の余地はないよ、という諺です。minestraとfinestraが韻を踏んでいます。僕が小さい時は父がよくこう言って「食べたくない」というと、夕飯抜きでした…

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martedì, 30 agosto 2005

Una rondine non fa primavera

nr.137
[Proverbi/諺]訳)「ツバメ1羽じゃ春にならない」ameri

Commento di Rika:

フランスの『アメリ』という映画をイタリア語で見たんですが、(ややこしいな)その映画の中でたくさん諺を言い合うシーンがあるんですね。そのうちの一つです。(他のは思い出せなかった)ツバメを見ると「春が来たな~」とみんな思うけど、1羽じゃまだ分かんないよね、ということです。ちなみに『アメリ』、クラブで貸し出しますから試しに見てください。面白いです。(ちょっと早口ですが)

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domenica, 28 agosto 2005

Tra moglie e marito non ci mette il dito

nr.135
[Proverbi/諺]

訳)「夫婦の間に指を入れない」

Commento di Luigi:

良きにせよ、悪しきにせよ、夫婦間のことには他人は口出ししない方がいい、という格言です。まあ、その通りでしょう。

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sabato, 27 agosto 2005

La padella dice al paiolo: Fatti in la' che mi tingi

nr.134
[Proverbi/諺]
訳)「フライパンが土鍋に言う:”向こう行ってよ、よごれちゃうじゃない”」→「目くそ鼻くそを笑う」344s_paiolo


Commento di Rika:

フライパンも土鍋も黒くて汚いのに、"mi tingi (私を汚す)"(tingere=染める、色をつけて汚す)だから向こうに行け、と土鍋いうフライパン…同じ擬人法でも目くそ・鼻くそより、メルヘンでかわいいですね~。珍しく日本語の方が下品な諺でした!

写真がpaioloです。ハイジに出てきますよね。

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mercoledì, 17 agosto 2005

Nel dubbio, astienti

[Proverbi/諺]

訳)「疑わしければ、自制せよ」→「君子危うきに近寄らず」
Commento di Rika:

ラテン語の格言の中にあるNel dubbio, astienti。中国の格言にも似たのがあるということで、そちらをイタリア人に分かりやすく書くと"La prudenza e' dei saggi"(慎重さは賢人である)となっていました。日本語にすると難しい感じがするよな~。

nr.126

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lunedì, 08 agosto 2005

Il diavolo fa le pentole ma non i coperchi

[Proverbi/諺] 訳)「悪魔は鍋を作るがその蓋は作らない」


Commento di Rika:

 誰かを傷つけながら、意地悪なことをしようとすると、遅かれ早かれバレますよ~という諺です。最初読んだ時は「頭かくして尻隠さず」のイタリア・バージョンかと思いましたが…。

nr.121

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mercoledì, 03 agosto 2005

Lontano dagli occhi, lontano dal cuore

[Proverbi/諺] 訳)「目から遠ければ、心からも遠い」→「去るものは日々に疎し」

Commento di Rika:
 「会わなければ、忘れてしまう」、という意味ですね。Lontanoは「遠い」ということです。ちなみに反語はvicinoですが、同じ「近さ」でもaccantoの方が更に近い(厳密には「横」)を表します。

nr.116

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venerdì, 29 luglio 2005

Nessun nuova, buona nuova

[Proverbi/諺] 訳)「便りのないのは、よい便り」

Commento di Rika:
 
 イタリアでも同じ言い方があるのですね。でも、ふたを開けてみたらあんまりよくなかったこともあるし。結局、連絡を取らなかった時の言い訳はいずこも同じ、ということでしょう。

nr.112

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mercoledì, 27 luglio 2005

Aiutati che Dio ti aiuta

[Proverbi/諺] 訳)「神様が助けてくれるから自分でやってみな」
Commento di Luigi:
 誰かに助けてもらおうなどと思わずに、とにかく自分でやってみたらいい、という諺です。

nr.110

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mercoledì, 13 luglio 2005

Pe’ fanne de le sue, trova lo scanzo

[Proverbi/諺]  伊語)per fare cio’ che si vuole, si trova sempre un modo
訳「自分の望みを叶える為には、なんとか方法を見つけるものだ」

Commento di Daniele:
 この格言は特に怠け者、つまりやる気があんまりない人、自分の好きなことしかせず、苦労を知りたくない人に関して使われます。


nr.106

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domenica, 10 luglio 2005

Nun c'e' sabato senza suli, nun c'e' fimmina senza amuri

伊語)Non c'e' sabato senza sole, non c'e' donna senza amore 1243

訳)「お日様なしでは土曜はない、愛ナシでは女もない」

Commento di Rika:
 シチリアの方言です。シチリア女性はエトナ火山のせいか(?)情熱的だとよく言われています。あと、ものすごく嫉妬深いのでも有名らしい。まあ~、基本的にラテン女性のイメージの色濃い方言ですね。写真はシチリア人の女の子たち。みんな顎ががっしりしてて男性的だよな・・・同じ顔して笑っている・・・
 
nr.103

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lunedì, 04 luglio 2005

Il diavolo non e' cosi' brutto come lo si dipinge

[Proverbi/諺]

訳)「悪魔は皆が言うほど酷くはない」→「案ずるより産むが易し」


Commento di Rika:
  でも、悪魔に合った人なんていないわけですから、この諺が日本で使われているものと同じとは思えないのですが…前もって心配していたより、簡単に事が運んだ時に使う、という状況では確かに同意の諺なのでしょう。

nr.98

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domenica, 26 giugno 2005

A mali estremi, estremi rimedi

[Proverbi/諺] 訳)「ひどい病気には思い切った処置」


Commento di Luigi:
 「傷口を切って膿を出した方が速く治る」とでもいうべき諺ですかね・・・。estremoは「極端な」という意味です。2004年にニースでU2の新アルバムの発売前のデモCDが盗まれたのですがその時ヴォーカルのBonoが言った台詞、"Se il cd rubato finisse nel web, il nostro nuovo album sarà nei negozi immediatamente!"「もし盗まれたCDがウェブ上で流出するなら(終わるならとかかれているけど)新アルバムはすぐにでも発売されないと駄目だ」が書かれた記事の上に、”mali estremi estremi rimedi...”というタイトルが付いていました。"A"付けないで使うことの方が多いようです。

nr.93

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lunedì, 20 giugno 2005

Non e' bello cio' che e' bello, ma e' bello cho' che piace

[Proverbi/諺]

訳)「キレイだというほどキレイじゃないけど、それが好きならキレイなんだ」→「蓼食う虫も好き好き」

Commento di Luigi:

 予告どおり「キレイ」な文、というわけで、belloを連発してみました。皆が「カプリはすてきだ」と言っても、そう思わないことだってあるように、自分が好きならそんなにたいしたことないモノでも「キレイ」なものです。
 この諺は長いので、早口言葉みたいでかわいいでしょ?

nr.88

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martedì, 14 giugno 2005

Acqua passata non macina piu'

[Proverbi/諺]

訳)流れ去った水はもう粉を挽かない→覆水盆に帰らず

20050614090021


Commento di Rika:

最初は「水が粉挽くか?」と一瞬、意味不明だった諺ですが、水車のことだったんですね。水車はil mulinoといいます。(ムーラン・ルージュはイタリア語ではmulino rosso...って関係ないけど)Il mulino non macina senz'acquaという諺もあるけど、これは「水なしでは水車は挽けない」だから上とは意味が違う諺になってしまいますね。

nr.82

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lunedì, 06 giugno 2005

Tutto arriva a chi sa aspettare

[Proverbi/諺]
訳)「待つことを知っている人には全てが訪れる」→「待てば海路の日和あり」

Commento di Rika:

 日本語版の諺が好きなのですが、イタリア語のは結構普通ですよね。Chi mal naviga, male arriva「航海が下手な人は、不幸がやってくる」
一瞬、似たような言葉が使ってあるので、同じ諺か?と思った(けど、違っていた)諺も紹介しておきます。

nr.75

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mercoledì, 01 giugno 2005

L'acqua di giugno rovina tutto

[Proverbi/諺]
訳)「六月の雨は収穫を台無しにする」→「最後に来てすべてがおじゃんだ」

Commento di Rika:
 
今日から6月ですね~。今年は空梅雨なんでしょうか?(って、まだ分かんない?)本当はL'acqua di maggio rende ricco il contadino「5月の雨は百姓が儲かる」とペアで使うとよさそうな表現なんですが。もともとはカラブリア地方で使われていたようです。日本だけでなく、6月の雨は歓迎されないのですね。もともと、6月は麦の収穫があるので、(La falce in giugno=6月の鎌=麦の収穫)小麦でパンを食べる西欧人にとっては死活問題です。La pioggia=雨という言葉ではなく、L'acqua=水 というのも可愛いですね。最後のtutto=すべて が、il mondo=世界になっている場合もあります。

nr.71

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martedì, 24 maggio 2005

Meglio prevenire che guarire

[Proverbi/諺]

訳)「予防しておく方が、治療するよりまし」→「転ばぬ先の杖」

Commento di Rika:
 これって、あんまりイタリア人的発想ではないのではないかと思います。個人差はあるにせよ、保険に入ったり、前もって計画を立てたりするのは好きではない人が多い気がする。"Vediamo un po' , non si sa mai"「ちょっと待ってみようよ、分かんないじゃない」と、いろんな人が言うのを聞いたものです。"Tutto e' bene quel che finisce bene"「終わりよければ全てよし」の精神なのかな~。

nr.64

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giovedì, 19 maggio 2005

Un buon farmaco lascia l'amaro in bocca

[Proverbi/諺]

訳)「良薬は口に苦し」


Commento di Rika:

イタリアの薬は日本より効き目が強い気がします。逆に日本でイタリア人が薬
を飲むと全然利かない…。薬という言葉は、medicina,medicinale,farmacoといろいろですがdrogaというとドラッグのことです。

nr.59

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domenica, 15 maggio 2005

Tre cose sono difficili a fare:cuocere un uovo, fare il letto ad un cane, ed insegnare a un Fiorentino.

[Proverbi/諺]

訳)「やるのが難しい3つの事:卵の調理、犬のベッドを作ること、フィレンツェ人にモノを教えること」

Commento di Rika:

 トスカーナの諺です。まあ、当然フィレンツェ人が言ったわけじゃないと思うので、その周辺の人々(Senesi=シエナ人、Lucchesi=ルッカ人、Pisani=ピサ人)などなどが発した言葉でしょうね。ルッカ人が他の人を悪く言った諺も残ってます。”Fiorentini ciechi,Senesi matti,Pisani traditori, Lucchesi signori”「フィレンツェ人はめくら、シエナ人はきちがい、ピサ人は裏切り者、ルッカ人は紳士」(すごい放送禁止用語のオンパレードだな~。未だにこの辺の人たちは喧嘩してる風潮が強い…GinoにPisaの話はしないように。彼はPisaと一番確執の深いLivornese=リボルノ人です)

nr.55

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mercoledì, 11 maggio 2005

Gente allegra il ciel l'aiuta

[Proverbi/諺]

訳)「陽気な人を天は助ける」→「笑う門には福来る」


Commento di Rika:

 il cielo(空、天)の最後の"o"は発音調整のため切断されています。イタリア人は皆陽気だという間違った認識が世間に流布して久しいですが(なんでかな~)でも、ポジティブ思考は確かにイタリア的なのかもしれないな~。(まあ、暗いイタリア人もたくさん知っているのでなんとも言えないが)ただ、笑ったイタリア人は皆憎めない気がする。

Una Frase al giorno/mercoledi', 11 maggio 2005 nr.51

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martedì, 19 aprile 2005

Vedere per credere

[Proverbi/諺]

訳)「信じるために見る」→「百聞は一見にしかず」


Commento di Rika:

 4月28日の木曜日は愛知万博のナショナルデーとしてイタリアデーが設定されています。(クラブのサイトから詳細を見ていただけます。)うちのスタッフたちも行く予定ですが、まだ万博には一度も足を運んでいないので、聞いていたことが本当なのかVedere per credereを実践できるわけですが。
 ところでこの諺、聖書の中でトマソがイエスに言うと「Credere per vedere」(見るためには信じなさい)と切り返されるところで有名です。

Una Frase al giorno/mercoledi', 19 aprile 2005 nr.45

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venerdì, 15 aprile 2005

I guai non vengono mai da soli

[Proverbi/諺]

訳)「災難は一緒に訪れる」→「弱り目に祟り目」

Commento di Rika:
 今月はお財布が寂しいな~と思っていた矢先に、「一時停止無視」で切符を切られました・・・。2点減点しかも7,000円の罰金(multa)です。落ち込んでいたところにLuigiが教えてくれたのが上の諺です。直訳は「災難は一人で来ることは決してない」です。同じような内容の諺に「Piove sempre sul bagnato」(濡れている所ばかりに雨が降る)というのもあります。は~溜息(sospiro)・・・(T_T)

nr.41

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giovedì, 14 aprile 2005

Chi ama me ama il mio cane.

[Proverbi/諺]


訳)「私を愛する人は私の犬も愛する」→「あばたもえくぼ」


Commento di Rika:
  ちょっとニュアンスが「あばたとえくぼ」とは違う気がしないでもないけど、「犬」はイタリアでは犬は蔑みの対象であることもあります。この諺と似た書き出しで、”Chi ama tutti non ama nessuno”(皆を愛している人は誰も愛していない)というのもありますが、これは「ジゴロ」の多いイタリアならではですな。(で、聖書と逆説なところも結構奥深い・・・)

nr.40

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giovedì, 07 aprile 2005

Partire e' un po' morire

[Proverbi/諺]

訳)「旅立ちは少し死に似ている」→「去り行くは死出の旅路の一里塚」


Commento di Rika:

 あっという間に4月になってしまいました。お久しぶりです。この諺を3月中にかくべきだったかな~と思ったのですが、旅行前にちょっと縁起でもないかな、と思いやめました。「別れに涙はつきもの」という意味で使うもののようです。英語の歌で「別れる時、僕らは少し死ぬ」とう歌詞の曲をアニー・レノックスも歌っていましたが、やっぱりお別れは寂しいよね・・・でも別れがあり、出会いもある訳だし。

nr.34

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martedì, 22 marzo 2005

Aprile dolce dormire

[Proverbi/諺]訳)「4月、眠るのが素敵」→「春眠暁を覚えず」

Commento di Luigi:
 4月になってから紹介してもよかったけど、ぽかぽかと暖かくなってきたので眠くなってきたから、思い出しました。春は国籍にかかわらず、眠くなりますね。アプリーレとドルミーレが韻を踏んだみたいでかわいいでしょ。

nr.30

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venerdì, 18 marzo 2005

Prendere due piccioni con una fava

[Proverbi/諺] 訳)「ソラマメ1粒で2羽の鳩を取る」→「一石二鳥」 smallFavePecorino


Commento di Rika:
昨日はヒヨコマメで今日はソラマメですが、イタリア人は豆好きですね。特にフィレンツェ人は豆食いで有名なんですが(彼らは白いんげんを好んで食べます)
ソラマメは日本より小さくて、生で食べることが出来るものがあるのですが、これとペコリーノやアジアーゴという少ししょっぱめのチーズを一緒に食べるとおいしいです。ちょうどPasqua(イースター)の今頃食べるので、思い出しました。ちなみに今年のPasquaは27日です。
nr.26

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domenica, 13 marzo 2005

Chi va piano, va sano e va lontano!

[Proverbi/諺]訳) 「ゆっくり行く人は、健康で遠くまで行くことができる」→「急がば回れ」


Commento di Luigi:
  一般的な概念は「ある目的の達成、とかく大志を伴うようなものは、いつも慎重に振舞っていく必要がある。」と解釈されてます。僕は、イタリア語を習うすべての日本人にこの諺を贈りたいと思ってます。ゆっくり着実に学習し、納得のいく結果に辿り着ける人を見てきているから。急ぐと損することも事実でしょ?festina lenteというラテン語も同じ意味でよく使われます。

nr.21


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mercoledì, 09 marzo 2005

L'amicizia non esclude le buone maniere

[Proverbi/諺]

訳) 「友情は礼儀を排除しない」→「親しき仲にも礼儀あり」


Commento di Rika:
 ここに載せる一文をどうやって決めているかですが、先生たちと談笑して出てきた表現だったり、ネット・サーフィンで偶然に目に付いたものだったり、私が日ごろ使ったり、使いたいなと思うものが多いわけです。
 で、今日のは、教育テレビの「日本語であそぼ」で神田山陽が「親しき仲にも礼儀あり」を紹介していたので、イタリア語でなんて言うか知りたいなーと思って探した結果です。でも大抵の諺が両方の言語にあるのってなんかすごいと思いませんか?文化や歴史が違っても人間生活には普遍的なルールがあるのかもしれませんねー。うーむ。


Una Frase al giorno/nr.17

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sabato, 05 marzo 2005

Sbagliando s'impara

[Proverbi/諺]

訳)「間違えながら人は学ぶ」→「失敗は成功のもと」


Commento di Rika:
 イタリアで子供たちと話す機会がたくさんあるんですが、大人たちよりいろんなことを教えてくれるかもしれない…。実はこの諺も私と一緒にぬりえをしてた6歳の女の子が、「あ、はみだしちゃった」と言った私に向かって使ったもの。日本の辞書では「失敗は~」で書かれているけど「間違いながら、覚えるのよ」と言われたときには、「その通りでございます」と敬服してしまった。


ちょっと文法:
sbagliandoは動詞sbagliare(間違える)のジェルンディオで分詞構文「~ながら」。s'imparaは 動詞imparare(習う、覚える、学ぶ)のsi-非人称表現。siのiとimparaのiが母音同士で重なったため、先に来た母音が省略された形。
 
Una Frase al giorno/nr.13

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mercoledì, 02 marzo 2005

Non c'e' due senza tre

[Proverbi/諺]

訳)「三のない二はない(直訳)」→「二度あることは三度ある」


Commento di Rika:
”Non c'e' due senza tre: ecco quindi un altro fiocco azzurro in casa Beckham”「二度あることは三度ある。だからベッカム家には再び青いリボンが!」イタリアのゴシップ・サイトから。去年の夏”Vic ed io avremo un altro bimbo. Sono contento di aver avuto due maschietti, ma ora mi piacerebbe coccolare una bambina”.「ヴィクと僕に、もう一人子供が生まれるよ。男の子を二人もうけたことには満足してるけど、今度は女の子を可愛がりたいな」とコメントしていましたが、やっぱり今度も・・・。イタリアでは男の赤ちゃんには水色、女の赤ちゃんならピンクのリボンを玄関のドアに掲げる習慣があります。(写真は男の子用:fiocco nascitaと言います)

Una Frase al giorno/ nr.10

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giovedì, 24 febbraio 2005

Fidarsi e' bene, non fidarsi e' meglio.

[Proverbi/諺]

訳)信ずるはよし、信じないのはもっとよい。


Commento di Rika:
「信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷つくほうがいい」と言ったのは金八先生ですが、それはこの逆。イタリア人に自虐の精神はマゾだと笑われるだけかもしれないな~。


ちょっと文法:
fidarsiは代名動詞「信用する、頼りにする」。ディズニー映画の『アラジン』でアラジンがジャスミンを空飛ぶじゅうたんに乗せる時「僕を信じる?」と誘うシーンがありますが、そのときの台詞:イタリア語だと「Ti fidi di me?」
meglioはbeneの比較級。「よりよい」英語のbetter.

Una frase al giorno/nr.4

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lunedì, 21 febbraio 2005

Chi trova un amico trova un tesoro.

[Proverbi/諺]

訳)友人にめぐり合えた人は、宝を手に入れたのと同じ


Commento di Luigi:
イタリア人は友達を大事にします。皆もクラブイタリアでたくさんの宝物を見つけてほしいな。


ちょっと文法:
Chiは副詞的な仕事をする代名詞で「ある人(人々)は」。”Chi trova un amico"という文章全体が主語「友達を見つける人」になります。

Una frase al giorno/nr.1

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